コラム・豆知識

国土地理院の地図に載らない神社「等彌神社」とは

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等彌神社

奈良県桜井市、近鉄桜井駅から談山神社方面へ南下すると穏やかな地方風景が観られます。
特に桜井市は山の辺の道の南の終着点であり、大神神社や箸墓古墳を始め、数多の神社仏閣に見守れれている、日本の歴史に於いて最も重要なエリアです。
もちろんこの地を訪れる観光客の為に、それらの情報も完備しているのは言うまでもありません。

しかし皆さんはご存知でしょうか。
この桜井の地に、国土地理院の地図にも掲載ていない神社があるのを。

等彌神社

それとは気づかないような小規模な神社というわけではありません。
それどころか、『延喜式神名帳』に掲載されている由緒ある神社で、入口はそれほどではないものの一旦足を踏み入れると驚くほど豊かで厳かな空間が広がっています。

神社の創立は不明で、古い文献には「能登宮」と記載されているものもあったと記憶していますが、とにかくそれほど古くから存在しています。

先程の「国土地理院の地図」の話ですが、同地域の地図には周辺の古墳や神社については、事細かに記載されていますし、大神神社はもちろん周辺にある小さな金屋美術館などはきっちり書かれています。
しかしこれほどのものが「国土地理院」に“無視”されているようにみえるのは不思議としか言いようがありません。

ところが面白いことに、近年Google Mapが登場したところ、当たり前のようにその名が記されました。
神社の名前は『等彌神社』。
そして丁寧にもその山中にある『神武天皇聖跡鳥見山中霊畤顕彰碑』の存在も掲載されています。

そうここは、日本の初代帝『神武天皇(神倭伊波礼琵古命)』が国見をされ、文字通り皇祖神を祀られた聖跡。
つまり日本の皇室の始まりに極めて重要な場所です。

では何故、そんな場所が無視されているのでしょうか。
正確な原因は不明です。

戦後の日本の反日教育の瀰漫が原因で、皇室関係を極力無視しようとする勢力のなせるものという説もあります。
あるいはそれほど尊い場所だけに、可能な限りその時代の“手あか”がつかないようにしたと考える向きもあります。

なにしろ日本では戦後、神武天皇の存在自体が日本史から抹殺されましたので、それが地図やガイドブックから消えるのは当然の成り行きでしょうから。
なにも知らないGoogle Mapのおかげで、再び我々が知るチャンスを手にしたとしか言いようがありません。

ではその等彌神社の“謎また謎”については、第二弾「等彌神社 4つの謎」でお話し致します。

等彌神社
等彌神社 4つの謎
等彌神社(とみじんじゃ)は『神武天皇聖跡鳥見山中霊畤顕彰碑』があり神武天皇と関わりがあることは前回の記事でお話しました。 これについては若干解説が必要かと思います。 「霊畤」とは「大嘗祭(だいじょうさ …

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  • この記事を書いた人

中島聡

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